学生の心の火が太い丸太に着いたら、教師の仕事は終わりで、そこがゴールです。そこを目指せば、半分は成功したようなものです。ただ、カリキュラムがあるので、勝手に終えるわけにはいきませんが。
薪に火を着け続けるのは学生自身の仕事で、教師の仕事ではありません。しかも、心の火が消えるのは時間の問題です。だから、どんなに強く燃えたぎっていたとしても、火は消えてしまうということを、教師自身がわかっていて、学生たちに伝えておかなければなりません。
突然のリストラ、震災などで、燃え盛る薪が一瞬にしてびしょ濡れになることがあります。いつまでも調子の良かった頃を思い、そこから離れるのを惜しむ気持ちもわかりますが、奇跡は起きません。濡れた薪を置いて、違う場所に移り、小枝から、火を着け直すのが一番の近道です。
次の丸太を用意しないうちに、火が消えてしまうことがあります。そんな時、偽物、小手先のテクニック、小枝が役に立ちます。若い頃は、確かに燃えた。燃えたことがある。しかし、今はそれができない…と悩む大人がいますが、若い頃の火は、小枝を燃やすように鮮やかだったというだけです。イチローさんも大谷翔平選手も、毎日燃えていられるのは、その時の状況に合わせて、常に新しい薪を用意しているからです。テストで30点だった学生に100点を求めたら潰れます。50点を目指して、40点だったら一緒に喜べば良いだけです。
教え子たちの心に本物の火を着ける唯一の方法は、自分の心に本物の火を灯すこと。
いきなり大きな火を灯すことはできないので、他人と比べても仕方がありません。好きなミュージシャンのライブに行って、心に小さな火が灯ったら、それを利用して、家族とも学生とも関係のない自分だけの目標を決め、毎日励めば良いだけです。ダイエットでも良いしパズルでも良い。確かに、会社の面接で、「あなたは5年後、どうなっていたいですか」という質問によって、薪を用意してもらえますが、入社後、すぐにそのことを忘れてしまいます。実際、5年後のことなど誰にもわかりません。だから、1週間後の自分、2週間後の自分、遠くても、半年後の自分を真剣に考え、世のため人のため、目の前にいる誰かのため、少しずつ燃えてゆき、いつか太陽のように自分で燃えるのです。他人の火のおこぼれをもらっても、火はすぐに消えます。そして、大事なのは、自分に合った大きさの薪を選ぶこと。そして、一番燃え盛っている時こそ、次の薪を放り込むタイミングだということです。
炎の大きさを見て安堵し、安泰だと思って手を休めた瞬間がもっとも危ないので、薪を放り込み続けるしかありません。
「それじゃ、いつまで経っても自転車操業じゃないか」とおっしゃる人に、「自転車操業でない人生のどこに価値がありますか?どこに意義がありますか?」と質問すると、
「投資や不動産で、一生楽して生きてゆく。これは、クールな人生だ」と。
転ばぬ先の杖で、ありがたいアドバイスでしたが、わたしが真っ先に思い浮かべたのは、諸行無常と栄枯盛衰でした。一生安泰という考えに危うさを感じます。
以上、学生の心に火をつけるというお話でした。五回にわたってお話できて、とても幸せな気持ちになりました。お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
昨年復興庁主催の作文コンクール実施まで、準備期間は1年ありました。同時進行で他のこともしていました。一風堂さんでのオンライン授業も、実施まで半年かかりました。まだ何もやっていない時に、心の火が消えないよう、心の暖炉に小枝をたくさん放り込みました。現在、ゼロ初級の学習者向けに授業して、それを録画していますが、その動画を見て練習すれば、何億もの人が日本語を上手に話せるようになると思います。そんな今ですが、同時に新しいプロジェクトの会議を毎日重ねながら、次の丸太を用意しています。
手を休めた瞬間に火は消えます。でも、火が消えたら、また、小さな火からやり始めれば良い。それだけです。