中国語には日本語の50音並みに有名なピンインというのがあって、ピンイン通りに発音しないと、中国語が通じませんでした。日本語の場合、ピンインそっくりの日本語楽譜があるかないかで、学生たちの学習意欲も変わってきます。わたしは日本語教育を学ばずに日本語教師になってしまったせいで、すべての日本語教師が、教科書のセンテンスに楽譜をつけて授業をされているだろうと思っていました。なぜなら、楽譜なしにきれいな発音で日本語を話すのは相当難しいだろうと思っていたからです。
教え子がスピーチ大会に出場すると、他校の学生たちがざわつきました。本番前に教え子が楽譜付きの原稿を見ていたからです。そのうち、他校の学生が「わたしにも楽譜を作ってください」と言ってくれるようになりました。こうして、中には北京のはずれにある大学から、往復4時間以上かけて来てくれるようになりました。
今日は420時間の日本語教師養成講座アクセント講座5コマを担当しましたが、受講される日本語教師のタマゴのみなさんからは、「よく目にするアクセント記号と比べると楽譜のほうがずっとわかりやすい」と言ってもらえます。もともと中国人学生のために作っていた楽譜ですが、ピンインを知らない東南アジアやインドの学生も「わかりやすい。先生、天才か!」と言ってくれます。ピアノやギターを学び始めたばかりの人に楽譜が必要なように、日本語を学び始めた学生も日本語楽譜があれば心強いだろうと思います。逆に、楽譜なしで日本語を勉強してきた人たちは、指文字で言葉を覚えた奇跡の人・ヘレンケラーを思い浮かべてしまうほど、ほんとうにすごいと思います。
今回のアクセント講座では、既存のアクセント記号が理解できず、イメージしにくいと悩むみなさんのために、楽譜も併用しました。「わたしは音痴だから」「音の違いがわからないから」などとおっしゃいますが、それはその方が音痴で音の違いがわからないからではなく、既存のアクセント記号を見ても、正しいイメージがしにくいから、アクセントに苦手意識を持ってしまうのだと思います。また、発音の専門用語に「破裂音、破擦音、鼻音、弾き音、摩擦音」などというのがあって、これらも日本語教師になる前に覚える必要がありますが、専門知識があっても学習者への発音指導はできないでしょう。「ああ、これは摩擦音が問題だね」などと分析しながら発音指導をされる先生の中で、うまく指導されている方を見たことがないからです。やってる感は出ていて良いのですが、ちゃんとやっていないなと毎回感じてしまいます。
これは最近話題になっている「やさしいにほんご」にも通じるところがあります。
「地震発生に伴う津波警報及び避難勧告が出ました。海岸線を避けて高台等へ避難して下さい」→(わたしなら)
「みず、いっぱい。あなた、わたし、やま、いく!!」という感じで、ジェスチャーと簡単な単語を使ってコミュニケーションをとりたいものです。学生時代にネイティブが使う英語を一生懸命に覚えて使ってみたところ、ネイティブ以外の外国人が理解してくれませんでした。
そういう経験もあって「あなたの発音の問題は、破擦音と弾き音だね」などと言いながら発音指導をすることはせず、仮にどんなにひどい発音でも、笑顔で大きくうなずきながら、「良いね、そうそう。すごい!」と言って、学生たちの頑張りを応援してきました。厳しい指摘を連発して、学生の顔を引きつらせることは容易にできますが、やっぱり自分の教え子には、いつもやわらかい表情で話してもらいたいです。楽譜で正しいアクセントが使えるようになり、発音もきれいになって表情もやわらかくなれば、一石三鳥です。