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第二期 音声指導養成講座表彰式

自分の授業のやり方は、メッシ選手がドリブルで相手選手を次々とかわしてゴールに向かっていくイメージだったのですが、研修を通して、実はそんなにカッコ良いものではなく、実践の中で見つけた方法をつなげていった結果、単に独特なやり方になっていったということに気づきました。
無我夢中になって突き進んでいき、気がついたら、途中、どうやってここにきたのかも説明がつかない状況でしたが、この教師研修では、自分と同じやり方でほかの先生が授業をしている様子を見ることができました。「ああ、自分でもこのタイミングで同じセリフを言うだろう」ということもあれば、「自分だったらこのタイミングでこんな工夫をするだろう」という場面もありました。
中高時代受けてきた英語授業のイメージ、それは立派なカリキュラムも教案もあって、先生が授業をしている風ではあったのですが、英語使いが育たない、あの授業のイメージを消すことから日本語教師の第一歩が始まりました。
学生の発音がおかしいけど、どこがおかしいのかわからない。改善の仕方もわからない。わからないからそのままにしておいた結果、一年経っても二年経っても変わりませんでした。また、自分が説明し過ぎた結果、自分ばかり話すのがうまくなり、学生の成長を止めてしまったこともあります。学生たちが負った傷を見て、自分の心も傷ついたので、授業のやり方を180度変えました。
授業中、教師がほとんど話さない授業を成立させるため、放課後学生たちを徹底的に鍛えて、授業という本番に臨む過程で、学生たちと信頼関係を築いていきました。そんな極端なやり方を経て、学生の能力を伸ばす方法、それを「宝物を拾い集める作業」と呼んでいますが、宝物がひとつひとつ増えていきました。ただ、二十年が過ぎ、最初の頃どうやって宝物を拾い始めたのかさえ忘れていました。
この教師研修では、たくさんの先生に感謝していただけますし、自分が過去に拾い集めた宝物の拾い方に気づくことも、宝物を拾い集めることに夢中になっていた当時の心境も思い出すことができて、余計に楽しい気持ちになります。これからもこの仕事を続けていきたいと思います。
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