異文化理解について、インタビューを受けました。
中国の若者と日本の若者、韓国の若者の異文化理解は、比較的たやすいように見えます。少なくとも、私たち世代と若者世代が互いに理解するよりもずっと。
実力もないくせに、生意気な態度で偉そうなことを言ったり、立場をわきまえず、誰かに偉そうにアドバイスをしたりする若者を見て、一部の私たち世代は、その場では何も言わず、お酒の席で、「あいつはダメだ!」と陰口を叩きますが、あの若者とは、まさに自分だったと思いました。
若者が、立派な社会人になり、さまざまな困難を乗り越え、ある程度の収入と地位を得て、カッコワルイ大人となって、カッコワルイ若者を叩くのでしょう。
自分がカッコワルイ若者だったので、言えることもあります。他人から(上から)の厳しい指摘と説教と罰は、症状をひどくさせるだけです。
自分の場合、新米時代に幸運にも同僚が駒澤先生で、わたしの授業を見学されるたびに、レポート用紙3ページ褒め言葉だけでびっしり埋め尽くされたポジティブ・フィードバックをいただきました。しかも、毎回です。世界の日本語作文コンクールの大森先生ご夫妻からは、褒め言葉と感謝の言葉で書かれた何千字ものお手紙を何度もいただきました。私が教え子に対してそうしているのは、自分がそうしてもらっていたからです。何千字もの褒め言葉&感謝の言葉が詰まったメッセージをいただいたら、心に刺さった棘がどんどん抜けていきます。
もしかしたら、生意気な若者に対して、大人がイライラしてしまうのは、今でも心にたくさんの棘が刺さっているからかもしれません。
自分が食べていければ良いという感覚、結婚もしたくないし、子供もいらないと言う若者が、日本にも中国にも韓国にもいるようですが、若者たちの心には、たくさんの棘が刺さっていて、とても辛いのだと思います。そして、そのような若者の気持ちに寄り添えない大人も、また、心にたくさんの棘が刺さっていて、辛いのだと思います。
三宅島訪問のため、ポジティブ・フィードバック教室は、2週間ぶりに再開しました。