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教師の笑顔、うなずき、「あなたを大切に思っています」という小さな行動の積み重ね

学生の問題点を指摘して、やる気や勇気、自信をくじいてしまう。それは、日本語教師が願う姿ではなく、私たちは、学生の心に灯りをともす存在でありたいと願っているはずです。
たとえば、教師自身が学生の前で60秒や120秒の即興スピーチ(準備なし)に挑戦してみるだけで、教室の空気は驚くほど温かくなります。なぜなら、どの教師も本気でやってみると「自分だって完璧にはできない」ということに気づくからです。10秒を過ぎたあたりで、少し困ってしまい、照れ笑いを浮かべることさえあります。でも、その姿が、学生にとって忘れられない「勇気の見本」になります。
これまで「評価する側」に立っていただけだった教師も、学生の前で少し“恥をかく”だけで、教室は一瞬で変わり始めます。そして不思議なことに、恥をかけばかくほど、教師自身も本番に強くなっていきます。学生も想像以上に伸びていきます。やがて、教師が堂々と即興スピーチができるようになる頃には、学生たちも自然と同じ力を身につけています。その時にはもう、教師が毎回スピーチを披露する必要もありません。
学生が発表している間、教師が一生懸命メモを取り、話された内容を20秒でまとめて返す。それだけで学生は「先生は私の話を聞いてくれた」と感じ取ります。気をつけたいのは、学生が言い淀んだ瞬間の教師の表情です。険しい顔は、たとえ無意識であっても、学生には「批判」に見え、声が出せなくなってしまいます。そんな時こそ、そっと微笑みながらうなずき、「大丈夫だよ」と姿勢で示してください。メモを取り、話を聞き、話すときの「笑顔とうなずき」は、相手に安心をつくる魔法です。
教師の一方的な話の最中でも、学生の名前を呼んでポジティブな例文を添え、学生たちの小さな声を全部拾ってあたたかく返すだけで、教室には風が流れ始めます。学生が「自分は受け入れられている」と感じた瞬間、教室全体がやわらかく息をし始めます。もちろん、私たちも人間です。45分の授業の中で、何百ものチャンスをすべて逃してしまうこともあります。連続で空回りすれば、誰だって気持ちが沈みますし、そこから立て直すのは簡単ではありません。だからこそ、日頃から「学生を尊重するクセ」を積み重ねることが、とても大切です。
たとえば、ネパールの学生がおしゃべりし始めたら、注意する代わりに笑顔で「ナマステ🙏」と声をかけ、「ネパールは素晴らしい」とネパール語で言ってみる。それだけで驚くほど空気が変わります。
日本国内の日本語学校でワークショップをするとき、私はよく薄皮まんじゅうを持参します。校長先生に「今日は飲食大丈夫でしょうか?」と確認し、学生にこし餡のおまんじゅうをひとつずつ渡すと、それだけで学生たちは心の扉を少し開いてくれます。何処の馬の骨とも知れないおじさんの話を聞くことほど大きなストレスはありませんが、学生を尊重する姿勢や言葉をたっぷり届けると、教室は自然に温かくなります。教室を変えるのは、教師の笑顔、うなずき、「あなたを大切に思っています」という小さな行動の積み重ねです。学生の心をほどく積み重ねが、学生の日本語を上達させ、たまには、人生さえ変え、教師自身の人生も、豊かにしてくれると思います。
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