イベント情報

教師が脇役

教え子たちがキラキラ輝くのは、わたしが脇役だからだと思います。

教師研修やワークショップでは、わたしは主役を担当しますが、イベントの後半から、ほとんどなにもしません。授業でも、司会も審査員も発表会も教え子たちが進めてくれますし、演劇大会もスピーチ大会も、わたしは後ろで見ています。

それと、私は、授業だけで彼らが上達するとは思っていないので、「授業だけでは上達しないから、放課後、日本語を話すチャンスを逃さないで」と言ってから、授業を終えます。

最近のドラマやアニメ、小説には、主役でない人、負けた側、補欠だった人の心理を描く作品が増えてきました。主役になれなかった自分を否定せず、楽しく生きていいのだと、背中を押してくれる物語は、私たちを勇気づけます。わたしも野球部で万年補欠、その後売れない芸人をしていました。

ちなみに、私は一度だけ、学生の日本語コンテストに出場者として参加して、優勝したことがあります。手を振りながら表彰台に上がると、会場にいた学生たちが「先生、おめでとう」と言ってくれました。「ずるい!!」と批判されなかったのは、そのアフレコ大会で、私が犬の役を担当したからだと思います。

誰でも、人生のどこかで脇役になります。教室の中でも、職場でも、社会でも、多くの時間は「誰かの活躍を見ている側」「評価されない側」「目立たない側」として過ごします。ですが、角度を変えて見たら…。最近のアニメやドラマ、小説が描いています。

勝てなかった人、選ばれなかった人、主役になれなかった人が、自分の弱さや立ち位置を否定せず、違う角度から自分を見つめ直すと、結局、自分の人生の主人公は自分だと気づきます。

授業で、誰かが話すときは満面の笑顔で聞き役になり、誰かが輝いたときは祝福する。その中で、自分が前に出る日もあれば、後ろに回る日もある。脇役である自分を受け入れるたびに、自分の人生の主人公は自分だと思い出します。

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