先日、TV番組の中で、アスリートにインタビューする 形で早稲田大学の人間科学部の風景が映しだされました。 人間科学部は、私の出身小学校の近く狭山丘陵に位置す る「三ヶ島たんぼ」といわれる場所を造成して1987年 に開設されました。以前は、小川が入り組み、小魚やザリ ガニなどの生物や、セリやクレソンといった水生植物を 採集することができる格好の遊び場でした。現在は一部 を残しつつも、たくさんのアスリートや研究者等を輩出 する大学へ生まれ変わっております。
小学生の頃、少年野球をきっかけに知りえた親友と頻繁に三ヶ島田んぼに出かけ、歩き回りました。当時の私は、 いろいろな人と知り合いになれるのだけれど、それ以上の友達としての距離を縮められない、意外と控え目な少年でした。彼はそんな私を上手に引き出し、距離を詰めて くれました。彼からの声掛けは私に安心を与えていまし た。また、数多くのことを教わりました。ザリガニの取り 方や絶好のポイントの見極め方、魚のつかみ取り、TVゲ ーム・・といった遊びはもちろん、人を楽しませること、 笑わせること。私の見ている景色と、彼の見ている景色は 同じはずなのに、彼のものの見方は明らかに私と異なり ました。いつしか、彼に憧れ、自分も彼のようになりたい と、彼の背中を追いかけ、懸命に歩幅を合わせようとして いました。
ある日、監督から外野を守る彼がサードに、サードを守 る私が外野にという指示が出ました。大好きなサードを 彼に奪われた私は、闘争心に火がつくのです。彼とヒット や打点の数を競いました。ところが、自分がチームの勝利 に貢献するヒットを打っても喜べず、彼の打撃成績を気 にするようになります。それが苦しくなり彼と競うこと に疲れ、他の方法を自分の中に探すようになりました。そ して、「彼とは異なる自分の持ち味は何か」にたどり着き、 自信のあった肩の強さを磨こうと考えたのです。チーム 練習のない日は、父を相手に遠投を繰り返しました。成果 が現れ始め、数か月後の練習試合において、センターから ダイレクトでキャッチャーに返球し、ランナーをアウト にすることができました。すると、彼が「すごい!」と言ってくれたのです。その言葉になぜだか安心して、新しい彼との距離を感じたのです。「憧れ」の存在が「勝利に向 かう同じ仲間」へと変化し歩幅がそろったのです。
心理学者J・Sブルーナーは「他人に勝つ」目標を立て た選手群より「自分の記録をうち破る」目標を立てた選手 群が明らかに良い成績を出すと報告しています。他人に 勝つことよりも、自身の能力の向上を目標にするほうが 達成感をより実感できるからです。他人に打ち勝つため に意欲を燃やすことは、他人を蹴落とすことによって成 功をつかもうとしていることなのかもしれません。
「憧れ」を抱いた人は自ら成長のために努力します。そ のエネルギーのすごさは、理論があるわけでもなく、言葉 によって誰かに説得されたわけでもないのに、人を動か してしまうところです。私も「憧れ」によって彼に追いつ こうとしてきました。もしも私が自分の強みを磨くこと に方向を転換せず、彼を打ちのめすことに奮励していた なら、「憧れ」が「敵」になっていたのかもしれません。
令和3年12月14日、文化庁長官表彰式が挙行され ました。これは、「文化活動に優れた成果を示し、日本の 文化の振興に貢献された方々、又は、日本文化の海外発信、 国際文化交流に貢献された方々に対し、その功績をたた え文化庁長官が表彰する」のですが、そこに、中国を出発 点に世界で活躍する日本語教師の笈川幸司氏の姿があり ました。表彰式の写真の中の彼は、三ヶ島田んぼでザリガ ニを取った時と変わらぬ笑顔を見せていました。
新年、心あらたにまだまだ歩みを止めるわけにはいき ません。
寒さに負けずに元気に過ごそう