ホウレンソウ(報連相)は、そのまま作文、会話、スピーチ、ディスカッションになります。授業でもホウレンソウをやれば、文法を使う理由が生まれ、必要に迫られて語彙も増えます。
「やさしい日本語」:やさしい日本語の本質は「語彙を減らすこと」ではないと思います。本質は、相手が理解できる形で、途中経過を丁寧に共有することだと思います。ホウレンソウは、難しい表現を避け、短く、分かりやすく、状況を共有する行為です。ですから、ホウレンソウは、もっとも自然で、実践的な 「やさしい日本語の訓練」と言えるのではないでしょうか。もし、問題があれば教えてください。
さて、では、なぜ今までそう考えられてこなかったのか。それは、ホウレンソウ=社会人スキル、授業内容=文法・語彙と分断されていたからではないでしょうか。実際には、社会で使う日本語のほとんどは、ホウレンソウの応用です。雑談は軽い報告で、スピーチは状況報告+意図説明で、ディスカッションは相談の集合体です。「自分はコミュ障です」と言う人は、ホウレンソウの訓練をしなかっただけだと思います。ここに気づくと、「あれもこれも教えなければいけない」と考えている教師の負担が軽くなります。でも、「ホウレンソウだけ教えればいい」と言えるのは、教師自身がホウレンソウを安心して回せる場を作る場合に限ります。「聞いてもらえる」「途中でも出していい」「下手でも否定されない」という空気と条件がなければ、沈黙を生みます。だから、相手のホウレンソウを楽しそうに聞いてください。
学習者に、「わからないことは、なんでも聞いてね」と言ったとしても、「どう言って良いか正解がわからない」「言って損をしないか不安」「沈黙が一番安全だ」と思われてしまいがちです。何も問題がなければ連絡せず、うまくいっていない時ほど連絡しないという行動を取るのも仕方がありません。
ホウレンソウをスピーチやディスカッションや対話にずらすだけだと思えば、気持ちが楽になりませんか。それに気づいた先生は、もう「教えすぎる教師」には戻らないと思います。