地元いわき市でセミナーをすることができました。帰国して4年半、ようやくスタートラインに着くことができました。このセミナー終了後、「自分の子供にもポジティブフィードバックをしてあげておけば良かった。後悔してる」とおっしゃる方がいました。
私たち1億2000万人、みな大人からネガティブフィードバックを受けて育ってきたので、自分の子供にもネガティブフィードバックをして、苦しめてしまうのは、仕方のないことだと思います。多くの大人は、減点主義で評価され、できない点を指摘され、叱られて伸びると教えられ、育ってきました。だから無意識に、「これこそが教育だ」「厳しくしないとダメになる」と信じています。それは、悪意ではないですし、“自分が受けたやり方しか知らない”のが当然で、仕方がありません。
本日は、ポジティブフィードバックをたくさん浴びただけで、フィリピンとインドネシアの学習者が90分間で別人のように上達していく姿を目の前で見て、ショックを受けられた先生方も少なくないと思います。でも、それは、自分を責めるべき問題ではなくて、構造の問題、仕組みの問題だと思います。それに、後悔が生まれるということは、希望があります。「ポジティブフィードバックをしてあげておけばよかった」と後悔できるということは、本当は子どもを傷つけたかったわけではないこともわかりますし、本当は応援したかったということですし、やり方を知らなかっただけのことですから、救いを感じます。気づいた人は、次の世代を変えられると思います。
ネガティブが“当たり前”になる理由ですが、日本社会には、長く失敗を避ける文化があって、講演会でも手を挙げて質問できない人が多いです。周囲に迷惑をかけない文化、空気を読む文化があって、余計なことは口にしません。そのため、「できない点を直す」ことが重視されて、「できた点を言語化する」ことが軽視されてきました。
しかし、自己肯定感の低下も、若者の挑戦回避も、声を上げない文化も、副作用として叫ばれています。ポジティブフィードバックは甘やかしではないのに、甘やかしだと誤解されます。ポジティブフィードバックとは、何でも褒めることではなくて、行動を事実として言語化することです。“評価”ではなく、“記録”なんです。成功体験のログを脳に残す作業なんです。
「ネガティブを受けたから、ネガティブを渡すのが当たり前」
これは、無意識なら仕方がありませんが、気づいた瞬間からは選べます。25年間、少し揺れた時期もありますが、ポジティブフィードバックをずっと実践してきました。もしネガティブフィードバックが唯一の正解なら、今日の教室の拍手は存在しなかったはずです。